溜息が健康に良いなどとは言語道断! 溜息トラウマがある人にとっては、溜息自体は暴力そのものであり、正当化して欲しくない。

暴言暴力をされるようなケースでは溜息もセットでされるもの。

溜息は我慢せずにした方が身体いいというが、溜息吐きながら暴言等を受けた人にとっては、溜息はしたくてもできない。溜息に関連付けでトラウマがフラッシュバックしてしまう。もしフラッシュバックしなくとも、溜息=暴力として関連付けて認知してしまってるから、溜息するだけで暴力を振るってしまったかのうような罪悪感、及び居心地の悪さを得る。だから人がいる場所では溜息はしたくても、できない。

溜息=暴力 なので溜息している人は、暴力を振るっているように見えてしまい、恐怖や嫌悪感を得る。
同時に溜息が悩み事の意味であることも理解しているから、相手に同情もしてしまう。

つまり、溜息トラウマがある人が、溜息を見ると、、まるで暴力を受けたような理不尽感を得るので、相手に敵意を持ってしまう。一方で、同情しているのでその敵意を正当化できない。

感情的には、ただただ暴力を受けたかの様な理不尽な気持ちであり、溜息を聞く度に、相手に憎しみを覚えるだけである。

普通の人は友人相手に悩み事を言ったり溜息を見せたりする。でも、溜息トラウマがあると、せっかく友人が作れても憎しみに囚われて友人関係が維持できない。

健康に良いからと気楽に溜息というが、人前でやれば、みだりに人を傷付けかねないので慎重にならないといけない。